■パウロはなぜ『恥』とは思わない?!
□それは、すべての人が救われるすばらしい知らせだから。
★ここがポイント
イエスさまを伝えようと思うと、人から『何か変な目で見られへんやろうか…』とか、『恥ずかしいしな…』とか、いろいろ気にしてしまうもの。そこで気づきたいのは、神さまは正しい義なる方で、すべての人は裁かれるということ。これは、すべての人にあてはまる。だからこそ、すべての人はイエスさまによる救いを信じる必要があるのだ。
自分が間違ったことを言ってしまったら恥ずかしい。でもイエスさまの救いは正しいものだよね。正しいことを言うのに恥ずかしいと思わなくてもいいのだ!
…でも、実際は、友だちやみんなにどう思われるかやっぱり不安になる…。『神さまはわたしを助けてくださる』という約束に信頼してイエスさまを伝えるチャレンジをしていけたらいいな…!

■真理をはばんでいる人には神の怒りが示されている?
□神さまが怒っている事を人の心の奥ではわかっているのだ。(ローマ1:18)
★ここがポイント
世の中には、たくさんの宗教や占いがある。じゃあ、なぜ宗教や占いがあるのかというと、何か頼れるものがほしいから。…本当の神さま以外で。でもぜんぶ、人の自分中心な思いでできている。『○○をすれば健康になれる』、『○○だったら幸せになれる』、『○○すれば極楽浄土』『あーすれば』、『こーすれば』。
本当に神さまはいないと思っていれば、占いも信じないし、宗教もないし、幽霊を怖がったりもしない。『死』も恐れる必要はない。宗教だけじゃなく、進化論のように、科学的なことをうまく使って神さまを信じさせないようにすることもある。人は、実は神さまを『信じない』のではなく、『信じたくない』んだと思うな。。。

◆感じたこと
パウロは、福音を大胆に伝えた。
今、自分はどうかというと、比較じゃないけど、躊躇してしまうときがある。
自分の視点から見て、本当にその人のことを思うとき、その人が死後に裁きを受けることを考えると、やっぱり救われて欲しいって思う。
そして、それが、本当の意味でその人の人生を豊かにするのだと思う。

だから、本当は梅田やなんばの中心で神の愛を叫んだっていいだろうな。そんな勇気ないけど^^;

伝え方は、人それぞれだろうけど、もっと福音を伝えていきたいと思いました。

Romans 1:16-18