【ローマ 4:9-25】信仰者・アブラハム?!
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■アブラハムはどういう人?
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□神さまに信頼する人。でもときどき失敗もあった。
(創世記12:9~20、16:1~4、20:1~18)
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【ここがポイント】
アブラハムといえば、・超高齢でありながら、神さまによって息子のイサクが与えられたこと、・そのイサクを全焼のいけにえとしてささげるという試練を全うしたこと が思いつく。でも、アブラハムは神さまにあって歩み続けたかというと、そうではないのだ。
(例えば、創世記12:9-20、16:1-4、20:1-18など)
神さまが語られた直後は、神さまに信頼するけど、約束を忘れたころに失敗をする。
そんなアブラハムをも、神さまは守り導いたのだ。
私たちも、みことばに触れている時は神さまにあって歩んでも、みことばから遠ざかった時は神さまにあって歩むことを忘れるかもしれない。
そんな私たちをも愛してくださり、離れず導いてくださることを覚えつつ、イエスさまによる十字架での犠牲による救いという、みことばの約束をかみしめていきたいなぁ。
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■100歳で子どもが生まれる…?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
□そう、生まれたのだ。
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【ここがポイント】
■身近なおじいちゃんおばあちゃんを思い浮かべてっ。
『100歳のおじいちゃんと90歳のおばあちゃんの間には、子どもが生まれることがありますか?』って聞かれたらどう?
100%ありえないって思うよね。
アブラハムも、ふとサラとの間に子どもが生まれるなんて無理だと思った。
でも、神さまの約束をはっきり聞いたとき、疑うことなく、ますます神さまに信頼し、約束を成しとげてくださる方だと信じたのだ。
例えば、私たちが、友だちや家族に、イエスさまの話をしたとする。でも、聞いてくれなかったり、『そんなことある訳ない』って言われたりすることも。『あ~、やっぱり、救われないのかなー。』とか、『どうせ言っても無理だろうなぁー』なんて思ってしまうことがあるかも。
でも、神さまは、みこころであれば、その人に働きかけてくださる。
みこころのままに成し遂げてくださる神さまに信頼して歩みたいなぁ。
『主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子ができている。(創世 18:14)』
『神にとって不可能なことは一つもありません。(ルカ 1:37)』
『何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(1ヨハネ 5:14,15)』
◆感じたこと
自分の人生について神さまに祈る。
でも、全能なる神さまが最善を尽くしてくださるということを、頭にはあっても、実際に信頼しているかというと、そうとは言い切れない。神さまの力を軽く見てしまうときがある。
でも、よくよく考えると、神さまは本当に力ある方。
裁かれて当然、救われるなんて事は微塵の可能性もない『0%』な人間、自分を、神さまはイエスさまによる身代わりという手段によって、0%を100%に変えてくださった。
神さまにとって不可能なことはない!
救いという最上のことを成し遂げた神さまにとって、やたゆきおの人生を最良のものにするなんてたやすいこと。
自分の人生を確かにする神さまに、ますます信頼して歩んでいきたいな!
■アブラハムはどういう人?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
□神さまに信頼する人。でもときどき失敗もあった。
(創世記12:9~20、16:1~4、20:1~18)
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【ここがポイント】
アブラハムといえば、・超高齢でありながら、神さまによって息子のイサクが与えられたこと、・そのイサクを全焼のいけにえとしてささげるという試練を全うしたこと が思いつく。でも、アブラハムは神さまにあって歩み続けたかというと、そうではないのだ。
(例えば、創世記12:9-20、16:1-4、20:1-18など)
神さまが語られた直後は、神さまに信頼するけど、約束を忘れたころに失敗をする。
そんなアブラハムをも、神さまは守り導いたのだ。
私たちも、みことばに触れている時は神さまにあって歩んでも、みことばから遠ざかった時は神さまにあって歩むことを忘れるかもしれない。
そんな私たちをも愛してくださり、離れず導いてくださることを覚えつつ、イエスさまによる十字架での犠牲による救いという、みことばの約束をかみしめていきたいなぁ。
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■100歳で子どもが生まれる…?
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□そう、生まれたのだ。
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【ここがポイント】
■身近なおじいちゃんおばあちゃんを思い浮かべてっ。
『100歳のおじいちゃんと90歳のおばあちゃんの間には、子どもが生まれることがありますか?』って聞かれたらどう?
100%ありえないって思うよね。
アブラハムも、ふとサラとの間に子どもが生まれるなんて無理だと思った。
でも、神さまの約束をはっきり聞いたとき、疑うことなく、ますます神さまに信頼し、約束を成しとげてくださる方だと信じたのだ。
例えば、私たちが、友だちや家族に、イエスさまの話をしたとする。でも、聞いてくれなかったり、『そんなことある訳ない』って言われたりすることも。『あ~、やっぱり、救われないのかなー。』とか、『どうせ言っても無理だろうなぁー』なんて思ってしまうことがあるかも。
でも、神さまは、みこころであれば、その人に働きかけてくださる。
みこころのままに成し遂げてくださる神さまに信頼して歩みたいなぁ。
『主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子ができている。(創世 18:14)』
『神にとって不可能なことは一つもありません。(ルカ 1:37)』
『何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(1ヨハネ 5:14,15)』
◆感じたこと
自分の人生について神さまに祈る。
でも、全能なる神さまが最善を尽くしてくださるということを、頭にはあっても、実際に信頼しているかというと、そうとは言い切れない。神さまの力を軽く見てしまうときがある。
でも、よくよく考えると、神さまは本当に力ある方。
裁かれて当然、救われるなんて事は微塵の可能性もない『0%』な人間、自分を、神さまはイエスさまによる身代わりという手段によって、0%を100%に変えてくださった。
神さまにとって不可能なことはない!
救いという最上のことを成し遂げた神さまにとって、やたゆきおの人生を最良のものにするなんてたやすいこと。
自分の人生を確かにする神さまに、ますます信頼して歩んでいきたいな!